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シェリングについて書かれた本(1)

 残念なことに、日本語で書かれたヘンリク・シェリングの伝記は存在しない。需要も決して少なくないと思うのだがないものはない。1988年に現役のまま急逝したため、彼には自伝を著す時間がなかった。あればどれだけ読みたいことだろう。ないものねだりをしても仕方がないが、とても残念だ。

 しかし、伝記作家によるシェリングの伝記(仏語)は存在し、フランスの“Centre Georges Pompidou”という図書館に行けば読むことができるらしい(フロシャウアーさんから伺った話)。この書物はどちらかというとゴシップ的な内容のものらしく、シェリング夫人はこの本の内容を評価していないとのことであった。フロシャウアーさんはフランス語が読めないので、本は見つけたけれども中身は読んでいないと残念そうにおっしゃっていた。

 音楽評論家が著したシェリングへのインタビューや伝記風の書物はある。最も豊富にシェリングのインタビューを記しているのは、ローベルト・C・バッハマン(村上紀子訳)『大演奏家との対話』(白水社、1980年)である。この本は絶版となっているため書店で入手することができないが、シェリング・ファンとしては図書館で借りて読んでおきたいところだ(わたしはヤフー・オークションで入手した)。これを読むと、シェリングがフーベルマンから受けた精神的な影響の大きさや、音楽家としての使命感の自覚、さらには愛犬の名前まで!(ウルズラ)書いてある。また、この本の著者は「ミルシテイン」にインタビューをしたときシェリングの名前を持ち出しており、音楽家の使命についてふたりの考え方が全く異なることを浮き彫りにしている。興味深い内容なので、以下引用する。
「ミルシテイン」の項より
――あなたはご自分の芸術を何らかの使命と結びつけてはいらっしゃらないのですか。

「あなたは、音楽の中に何か使命を見出している人がいると、思っていらっしゃるのですか。」

――たとえばあなたより年下のヘンリク・シェリングは、演奏家と聴衆の間にできる接触によって民族間の相互理解が促進されるという可能性を生かし、それを実現することが、芸術家としての使命であると考えています……。

「シェリングは、どうやってそれをするのですか。音楽を通じて、いかにして民族がよりよく理解し合うようになるのか、何かその想像がつかないといけませんね。私はそういうものはないと思うのです。国際間では、貿易の行われるところ、買ったり売ったりするところに、金もうけのために人が集まります……でも私は単純なんですね、それは認めます。こういうことはわかりません。とにかくそのような使命は持っていません。(略)。なぜ聴衆が演奏会にくるのか、私にはどうでもよいことです。とにかく私は、何か使命を果たしたいから聴衆のために弾くのではなく、演奏家として聴衆が必要だから弾くのです。(略)」

「ヘンリク・シェリング」の項より
「このような席で、ある時フーベルマンが口にした簡潔な文句を、今でもはっきりと覚えています。《ヨーロッパ諸国よ! 今こそ統一の時である。さもなくば滅びるであろう。》フーベルマンのこの予言的素質は、因みにその演奏にも見られますが、私をすっかり惹きつけました。彼にはヴァイオリンのレッスンは受けませんでしたが、演奏上の助言をいろいろともらいました。きっとどこかの先生の助言よりも貴重なものであったと思います。またまわりの人たちに対する理解や、我々の存在の意義などについても、彼の教えに負うところが大きいのです。フーベルマンが世間の人や他国人に対する関心をかき立ててくれたことは、宿命的であったと思います。彼は芸術家としての任務を、社会的な立場から見ていました。私も、音楽は民族間のかけ橋となる言葉であると思います。ですから私がメキシコ共和国から、文化特使に任命されたことは、偶然とは思えません。」

「聴衆は、私の一部なのです。聴衆がなければ、演奏家というのは存在できません。それは演奏家にとって、栄養であり、励ましでもあるのです。演奏家はみな、その目標に聴衆との接触(コンタクト)をおくべきです。もし作品と聴き手を近づけることができたら、また作曲家の音楽意図を説得力をもって、しかも自己の人格の力で聴き手に伝えることに成功すれば、その演奏家は聴衆とのコンタクトが持てたことになります。そのコンタクトが土台となって民族間のよりよい相互理解の可能性が開けるということが、私の一番大きな願いです。この必要かつ責任の思い務めを、私は演奏家としての自分の使命であると考えています。私たちはみな反響が必要ですが、演奏家にとっては、聴衆がその反響なのです。」
 シェリングのことが詳しく記されている伝記風の書物としては、ハルトナック(松本道介訳)、キャンベル(岡部宏之訳)、エッゲブレヒト(シュヴァルツァー節子訳)の本がある。これらについては、こちらに全文引用した。

【書籍概要】

ローベルト・C・バッハマン(村上紀子訳)
『大演奏家との対話』(白水社、1980年)【絶版】

ヨーアヒム・ハルトナック(松本道介訳)
二十世紀の名ヴァイオリニスト』(白水社、1998年新装復刊)

マーガレット・キャンベル(岡部宏之訳)
『名ヴァイオリニストたち』(東京創元社、1983年)【絶版】

ハラルド・エッゲブレヒト(シュヴァルツァー節子訳)
ヴァイオリンの巨匠たち』(アルファベータ、2004年)
by binwa | 2005-01-23 00:00 |  ┣ シェリング

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